ネガティブハッピー・チェーンソーエッヂ / 斑鳩
滝本竜彦 著 / 株式会社トレジャー 制作
オススメ度 ☆☆☆☆☆ / ☆☆☆

・普通、異能、絶対に勝てない怪物

 「普通の」高校生の<陽介>と<絵理>は、夜な夜な現れる不死身の<チェーンソー男>との戦いに、貴重な青春の時間を浪費し続ける。<絵理>は、 <チェーンソー男>が現れるのと同時に人間離れした身体能力を手に入れ、投げナイフで戦うのだが、<陽介>のほうは何の能力も得ることもなく、<絵理>の 足(移動係)であり、<絵理>が戦っている間、それを見ていることしかできない。
 著者のプロフィールから。”ひきこもりが高じて大学を中退し、輝かしい青春のひとときをフルスイングでドブに捨てる。”
 著者自身もチェーンソー男と戦ってきたのだ。

・斑鳩、輪廻、時の軌跡

 {斑鳩}(と、前作的存在{レイディアントシルバーガン})は、<石のような物体>という絶対に倒せない超越的存在の干渉により、人類は同じ滅亡と再興の輪廻を延々と繰り返す、という世界を舞台にしたシューティングゲームだ。
 ”「石のような物体」の巨大なエネルギー反応を検知した天内は、ダメージを負った森羅の戦闘能力では勝ち目が無いと判断し、森羅に対し、篝を連れて逃げ るよう説得する。しかし、森羅は自分の余命が残り少ないことを悟っており、最後まで戦う意思を変えようとしない。その状態を飛鉄塊乗りの宿命として理解で きる篝は、老人たちの反対をよそに呟く……。

「それ故に……悔いの残らぬよう、やり遂げなさい。
 我、生きずして死すことなし。
 理想の器、満つらざるとも屈せず。
 これ、後悔とともに死すこと無し……
    わかっていたはずだった……
  私達は、自由を見られるかしら?」

「もうすぐ……な」

(アーケードゲーム雑誌アルカディアの斑鳩の記事より)”
※森羅=♂主人公、プレイヤーキャラ
 篝(カガリ)=ヒロイン
 天内=司令官的サポートキャラ

 {斑鳩}は完全パターンゲームで、ランダム性というものが全くない。何回目のプレイであろうと、プレイヤーが同じタイミングで同じ行動をすれば、同じ結 果が必ず訪れる。熟練したプレイヤーには、プレイの始まりから終わりという短くはかない間ではあるが、全ての「時の軌跡」が見えている。主人公の戦いがど のように始まりどのような運命を経てどのように終わるのかが全てわかっている。
 ”オレには、俺たちには、先が、見える。この先どうなるのか、手に取るように、わかる。目を逸らして、短い時間でも浮かれていろ? そんなのは、無理だ。無理に決まっている。(ネガティブ・ハッピー・チェーンソーエッジ)”
 プレイヤーは決して終焉の運命からは逃れることができない。ゲームはエンディングを迎えなければならないのだ。いくらスコアが向上しようとも、それは ゲーム中の話でしかなく、ゲームが終わればその数字には何の意味もない。そのうえ完全パターンゲームである以上、スコアには理論上の限界値が存在する(人 間の操作精度ではそれを達成することは難しいとしても)。ゲーム中の、絶対に破壊不可能な最後の敵と同じように、絶対に越えられない壁、「絶対に勝てない 怪物」がそこにはいる。
 ゲームが終われば、ゲームの間だけ一時中断していた日常がまた始まる。その日常も、ゲームの中とどう違うというのだろうか?
 そう、私たちは未来を知ってしまっている。夥しい数の文字、リアルでない体験、消費するための物語から私たちは学びとってしまった。既知の未来は既に未 来ではない。私たちに未来はない。それでも、私たちは既に見えている「時の軌跡」のなかで、全てに絶望して生きていかなければならない。{ジョジョの奇妙 な冒険 ストーンオーシャン}の<プッチ神父>が目指した世界に、私たちは既にいるのかもしれない。

・異能、異物、禁断のリンゴ

 ”途中でいろいろ諦めておくのが、一番まっとうな、普通のやり方なのだ。”
 「普通」に生活していれば、<チェーンソー男>が現れることはない。では「普通」とは何だ? ……などと考え始めるとヤツが闇の向こうから忍び寄ってくる。
 考えてはいけない。ヤツには絶対に勝てない。ヤツに負けない唯一の方法は戦わないことだ。
 しかしまた、<絵理>が人間離れした身体能力を手に入れたように、ヤツに出会うことで、何かが変わることも確かだ。<陽介>は何の能力も得ることは無 かったが<絵理>のそばにいることができた。<陽介>も望めば能力が手に入ったのかもしれない。ただし、能力を得たなら戦わなくてはならない。”そいつと 戦える力が急にあたしに付いちゃったんだから、あたしが戦うのが普通でしょう?”
 道を選んだなら最後まで行かなくてはならない。そしてその道に最後などない。僕らはそれを出発する前から既に知っている。僕たちは道を行くことはおろ か、道を選ぶことすらできない。そして雨戸を閉め切った狭い部屋に引きこもるのだ。始まらないものは終わらず、道を行く脚の痛みもない。しかし狭い部屋で 動かさない体は生活習慣病を引き起こす。どちらにしても苦しみから逃れることはできない。なんてひどい話だ。”この世は地獄だ。不条理に満ちあふれた永遠 の地獄だ。”
 最近はエヴァって呼ぶのがデフォルトなあの人たちがヤバいリンゴを食べることを選んじゃったから…… カンベンしてくださいよ。

・高倉健、かっこいいとはこういうことさ、そして僕らはかっこわるい

 ”――俺たち(教師)に反抗しても、なにも変わらないって事を知っている。社会に怒ってみても、どうしようもないってことを知っている。だからお前らは妙に内にこもる。”
 私たちは、ドン・キホーテのように、{斑鳩}の主人公のように、あるいは大共闘の闘士達のように、勝てない敵にがむしゃらに立ち向かうことができない。 挑んできた者たちのうち、帰ってきた者がごくわずかであること、そして自分たちは帰ってこれない者のうちに入るであろう事を知ってしまっているから。(い ま、高倉健のやくざ映画を見て書いてるんだけど、多分高倉健は最後の戦いに出向き、愛する女や世話になった人々を残して、きっと帰ってこないであろうこと を私たちは知っている。)
 しかし、内にこもってみても、ますますどうにもならないのだ。

・永劫に残るデジタル記録、絶望、無間地獄

 私たちは偉大な文学作品、音楽、映画から絶望を感じ取る。300年前の彼らによって既に成され、その記録がデジタルで永劫に残っていくのだから、私たち にもはや何も成すことはない。音楽を志す人が[モーツァルト]に絶望するように、私たちは全てに絶望する(何も志してなんかいないはずなのに)。私が成そ うとすることは既に過去の誰かがやり遂げ、その記録が永遠に風化せず残るのであれば、私たちは何のために生きているのであろうか。もはや新しいことは何も 生まれず、つまり行為に対して結果は一切残らず、それでいて生みの苦しみだけは等しく与えられるのであれば、それは苦痛を伴う作業を永遠に与えその結果を リセットする罰を与えるという、無間地獄に他ならない。

・孵化、死、水子

 私たちは孵化することを夢見つつ、変わることを恐れる。不確定なはずの未来におぼろな夢を託しながらも、未来が既に決定している事を確信している。あし たやれば…… あした…… そして何も成すこともなく、あしたは来なくなる。決定した未来から逃れること、それは終わること。私たちは全ての終焉、どこか 懐かしい練炭の光に拠って、爆走する鉄塊の咆哮に拠って、スパークするエレキギターの火花に拠って、美しく輝く博物館の標本のように、完成する――すべて の呪縛から解き放たれこれ以上何もすることのない、完璧に自由な状態になる――ことを望んでいる。もしも、何処かの誰かが、勝てない怪物に勝てたとき、彼 はもうこの世界にはいない。そしてそのとき彼は、この世界の何よりも、絶望的に美しい。

 ”ダッシュだ。ジャンプだ。危ない、落とし穴! 逃げろ! ヤツが来る。誰もヤツには勝てやしない。だから逃げるんだ。逃げよう。逃げ出せ。一直線に。”

 そして彼らは「普通」になった。<チェーンソー男>はもはや現れることもなくなった。 きっとそれが一番正しくて、ジャスティスで、フツーな事なんだろう。
 ……。

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リンク
・斑鳩(株式会社トレジャーのホームページ)
・ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン 第一巻
・聖書

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