これが「棒の手紙」だ!

 平成8年から9年にかけて世間を騒がせた「棒の手紙」――僕はたぶん、それを徹底分析した日本でただ1人の人間だと思うので(笑)、その分析結果をここに残しておきたい。
 僕が「棒の手紙」のことを初めて知らされたのは、「オタク座談会」シリーズを出している音楽専科社の編集者からだった。
 音楽専科社は『アリーナ37℃』という音楽雑誌を出しているのだが、その文通希望コーナーに名前が載った人の中で、「不幸の手紙」の被害に遭う人が続出 した。「こわくて捨てられない」という訴えを受けた編集部では、「『不幸の手紙』を受け取った方は編集部までお送りください。こちらで処分します」と呼び かけた。すると「不幸の手紙」が編集部宛てに続々と回送されてくるようになった。
 ところが、途中で字の汚い奴がいたらしく、
」と「」がくっついて「」になってしまった。しかも「文章を変えずに」という指示があるため、誤字であることが明らかなのに、次々と「棒」が書き写されていった。その数がしだいに増えて「不幸の手紙」を陵駕、ついには「棒の手紙」ばかりになってしまったのだ。
 編集さんからその話を聞かされた僕は、「ぜひ全部見たい」と希望、『アリーナ37℃』編集部が保管していた100通以上の「不幸の手紙」「棒の手紙」を特別に貸してもらった。そして消印の日付と「私は○○○番目です」の順に床に並べ、内容を比較してみたのだ。
 いや、面白かったね! 手紙が様々なバリエーションを派生しつつ子孫を残してゆく様は、まるで
生物の進化系統樹を見るようだった。
 入手できなかった欠番も多く、完全な系統樹を作成することはできなかったが、途中でどのような突然変異が生じたか、どのあたりの時点で分岐して別バージョンが生じたかは、だいたい推測することができた。
 実物はすでに返却してあるので、手元に残っているのは一部のコピーだけである。それがこれだ。人名については、万が一、実在の人物だとまずいので(そんなことはないと思うが)、一部伏字にさせていただいた。


 これが典型的な「棒の手紙」なのだが、様々なバリエーションが存在する。

28人の棒をお返しします
 先にも述べたように、最初の頃(947〜955番)は「不幸」だった。確認できたかぎり、最初に「棒」が出現するのは、平成8年8月25日に宮城佐沼から投函された「952番目です」という手紙(951番あたりに字の汚い奴がいた?)。以後、それが増殖して「不幸」を駆逐し、ついには「棒」ばかりになる。
 あと、「お返しします」という文章は明らかに変である。おそらく最初は「28人の方に不幸をお渡しします」だったのではないか?

これは棒の手紙と言って
 「これは棒の手紙といって」になっているバージョンもある。

知らない人から
 ここは最初、「東京から」だった。「知らない人から」に変わったのは、957番あたりから。おそらく自分の受け取った手紙の消印が東京以外の土地だったので、書き換えたのだろう。
 その他にも「藤井寺から」(954番)という珍しいバージョンもあり。

私の所に
あなたの所で

 「私のところに」「あなたのところで」になっているバージョンもあり。

武蔵野市祥寺
 「武蔵野市吉祥寺」の間違い。正しく「吉祥寺」になっているものもあるし、「吉床祥寺」「吉床祥」「吉区祥寺」「吉禅寺」「禅寺」などのバリエーションもある。「祥」が存在しない漢字になっているものもある。いずれも関東の地理にうとい人間が書いたのだろう。
 バージョンの変化をさらに詳しく追跡すると……。

「吉禅寺」は953番に突発的に出現。1代きりで消滅したらしい。
「祥寺」はこの「父親が保証人」バージョン(後述)の964番に出現、それが967番で「禅寺」に変化した。
「吉床祥寺」が最初に確認されたのは961番で、それが966番で「吉区祥寺」に変化した。また、同じ枝の962番あたりから分岐したらしいバージョンの970番で「吉床祥」になった。

 「祥」という字が「禅」に誤読されるのはまだ理解できるが、「床」という字がなぜまぎれこんだのかは謎。

北野3−3−13成城大学
 となっているが、この住所は
成蹊大学である。正しくは「北町3−3−1」。おそらく最初は「北町3−3−1の成蹊大学」だったのが、早い時点で、誰かが「蹊」を「城」に、「町」を「野」に、「の」を「3」に間違えたものと思われる。
 それにしてもどうしてここに大学の住所を書くのかね? 僕はてっきり「美穂さん」の住所だと思ってたよ。

政治学科
 初期の「不幸の手紙」では、次のようなバージョン変化が確認されている。

「政治学科」→「政治科」「政活科」
「政治学科」「政治学課」「政学課」「政学部」

 このうち「棒の手紙」に進化するのは「政治学課」で、これはおそらく948番あたりに発生したバージョンと思われる。しかし「棒」になってから、956番あたりで「政治学科」に戻ったらしく、「棒の手紙」の多くは「政治学科」である。
 もっとも、「棒の手紙」にも953番あたりで分岐して、「政治学課」「政治学謀」「政治学ぼう」と変化したバージョンがある。「政治学ぼう」は955番で登場し、962番まで続いた。

●●美穂さん
 初期の「不幸の手紙」ではすべて「奈穂さん」だった。他にも「奈美さん」「奈美恵さん」「菜穂さん」「奈美穂さん」というバージョンが存在する。
 このうち「菜穂さん」の登場が最も早く、952番だが、これは子孫を残せなかったようである。
 次に登場するのは「奈美穂さん」で、957番で初めて確認できる。想像するに、「奈穂さん」の「穂」の「禾」と「恵」が離れていたために、「奈美恵さん」と誤読した奴がいて、そこから「恵」が「穂」に戻って「奈美穂さん」になったものと思われる。結局、この「奈美穂さん」バージョンがしつこく生き残って子孫を残し続ける。
 「奈美さん」「美穂さん」はいずれも「奈美穂さん」からの分岐。また957番からは「奈美恵さん」に戻ったバージョンもある。

止めた所で
 「で」が省略された「止めた所」「止めたところ」というバージョンも多い。
 この他にも「奈美穂さんで止めたところ」になっているものもある。

川部●●さん
 「田部」というバージョンも多い。

これはイタズラではありません
 「大変申し訳けありませんがこれはいたずらではありません」と、なぜか長くなったバージョンも後期には出現した。「申し訳ありまん」というのも1通だけあったぞ(笑)。

出して下さい
注意して下さい
書き直して下さい

 いずれも「ください」になっているバージョンも多い。

私は965番目です
 「わたしは」になっているバージョンあり。

必ず書き直して下さい。
 よく見るとこの後にヘンな記号のようなものが書かれている。何かの書き損じでもなさそうだ。もしかして、前の奴がコピーを取った際に生じたゴミか何かの汚れを、これも手紙の一部かもしれないと思って書き写したのだろうか?

手書き、コピーでも可
 ここでは「手書き」だが、「手書」になっているバージョンも多い。
 確証はないのだが、ここは本来「コピー不可」だったのではないだろうか。コピーの使用は「必ず書き直して下さい」という指示に矛盾するし、普通、「不幸の手紙」は手書きでなくてはならないとされているからだ。
 今では大半の者がコピーを使用。ワープロを使っている者も多い。純粋に1枚ずつ手書きを実行している者はごくわずかだ。そりゃあ労力が少ない方がいいもんね。
 なお、
「予書、ヒピーも可」(笑)になっているバージョンが976番に出現。977番にも確認。

12日以内に
 「12以内に」「12人以上に」というバージョンあり。

男女関係なし
 「男女関係なく」「男を関係なく」というバージョンあり。

1つでも欠けている場合
 「Dでも欠けている場合」「10でもかけている場合」というバージョンあり。

よくない日が続きます
 「よくない月が続きます」「よくない白が続きます」というバージョンあり。
 また「よくない日が続く…」になっているものもある。「きます」が汚くて判読できなかったのだろうか?

ある人は、父親が保証人になっていた会社が倒産して、1億円の借金がでてしまいました。これは本当のことです
 この部分は初期のバージョンにはなく、960番から出現したもの。誰かが面白がって文章を長くしたらしい。
 よく見るとこの960番の手紙、文章はワープロ打ちなのに、「960」という数字だけが手書き。つまり、他から送られてきた手紙の番号の部分だけ書き換えてコピーしたものと分かる。実際にはこの「保証人」バージョンは959番あたりからあったと考えられる。
 このバージョンは「969番」まで確認。その後、いきなり「670番」に番号が若返って(「969」を「669」と読み間違えた?)、以後消滅する。
 これとは別に、「保証人」のない「奈美穂さん」バージョンの960番台の手紙群が存在しており、そちらの方はまだしばらく存続し、子孫を残してゆく。

 この他にも、さすがに胸が傷むのか、文末に「本当にごめんなさい。こわくて書きました」とか「私を恨むならばこの手紙を始めた人を恨んでください」といった言い訳の文句が付け加えられたものもある。当然、それも文章の一部と思われ、次々に書き写されてゆくのである。
 当然、そこにもミスは発生し、「恨むらば」になったりしている(笑)。

 かなり後期(平成9年8月)の「奈美恵」さんバージョン。上の965番の手紙とは別系統で、「奈美穂さん」バージョンから進化したもの。
「予書、ヒピーも可」「10でもかけている場合」など、誤字が増殖しているうえ、「大変申し訳けありませんが」「本当にごめんなさい。こわくて書きました」など、以前はなかった文章がつけ加えられている。
 当時、試しに作ってみた進化系統樹。
 「不幸の手紙」「棒の手紙」を、番号順に、バージョン別に並べてみた。どの手紙がどのバージョンの子孫であるかは、文面の比較から推測した。ただし、途 中の欠落が多く、かなりの部分を推測で埋めているので、完全なものにはほど遠い。どの系統に属するのか判断できなかった手紙もある。あくまで参考程度の代 物とお考えいただきたい。
 たとえば960番で初めて確認された「父親が保証人」バージョン、ここでは959番で出現したと仮定しているが、もっと早く出現していた可能性もあるのだ。
 僕が調べたのは『アリーナ37℃』の読者の間で流通していたものだけなので、実際にはこの数倍の別バージョンが存在すると思われる。


基本的なツッコミですが…… 

文章を変えずに
 だったらどうして「美穂さん」(だか奈美恵さんだか菜穂さんだか)が「川部さん」(または田部さん)に殺されたことを書けたんだろうか?
 だいたい、こんなにたくさん書き間違いしときながら、「文章を変えずに」もないもんだ。

私は965番目です
 さかのぼっていくと、「私は1番目です」という奴がいたのだろうか? さらにさかのぼると、「私は0番目です」とか「私はマイナス1番目です」とか……。
 それに、番号を増やすのは「文章を変えずに」という指示に反するのでは?

これはイタズラではありません
 イタズラ以外の何だというのだ(笑)。

さらに分析すると……

 最初の952番の「棒の手紙」出現から1年後の平成9年8月には、「978番」まで番号が進んでいた。1年で26番進んだことになる。
 さかのぼると、「1番目です」という手紙が書かれたのはその37年前、1960年頃ということに……んなアホな!(笑)
 もちろんそんなことはない。誤字の増殖するスピード、それに初期の「不幸の手紙」には誤字が少ないことを考えると、おそらく最初の手紙が書かれたのはせいぜい平成7年頃、900番台でスタートしたはずである。
 番号がひとつ進むのに要する平均時間は、

  365÷26≒14

 つまり1人あたり平均して14日。手紙が届くのに2日かかることを考慮すると、ほとんどの者は「12日以内」という期限ぎりぎりに投函していると思われる。良心の呵責というやつと戦っているのだろうか?
 「不幸の手紙」「棒の手紙」を受け取って、指示通りに書き写して投函する人間は何人ぐらいいるのだろうか?
 もし28人全員が投函したとすると、

 最初の奴が出した手紙   28通
 1世代目が出した手紙   780通
 2世代目         2万2000通
 3世代目         61万通
 4世代目         1700万通
 5世代目         4億8000万通
 6世代目         130億通

 という具合に、たった6世代で地球の人口を上回ってしまう。
 28人中たった2人しか投函しなかったとしても、26世代では、

  2の26乗×28≒1・9×10の9乗

 つまり1年で19億通にも膨れ上がってしまう計算になる。
 実際にはそんなに急増してはいないのだから、「棒の手紙」を受け取っても、それを書き写す者は、28人中、平均して1人以上2人以下にすぎないと推測できる。つまり大半の人間は受け取っても捨てているのだ。
 しかし、28人中1人か2人(3・6〜7%)、書き写してしまう者がいたため、「棒の手紙」は1年以上も存続したのである。

 なお、『アリーナ37℃』の読者には若い女性が多い。同封された手紙にも目を通したが、怒っている人、愚かな行為を悲しんでいる人、馬鹿にしている人、 きちんと論理的に矛盾点を指摘している人など、反応は様々だった。信じてはいないけど不安がっている人、本気でこわがっている人も少なくなかったが、彼女 たちはみな、手紙を書き写さないだけの理性を持っていた。
 このことから、次のような結論を導いてよいかと思う。

「若い日本人女性の少なくとも93%は理性的である」
「でも、バカも3・6%はいるんだよね」


その後……

 
その後、『アリーナ37℃』誌面で「くたばれ!棒の手紙」キャンペーンを行うことにな り、僕も頼まれて寄稿した。そして「棒の手紙」の内容分析を紹介するとともに、自分が不安から逃れるためなら他人に迷惑をかけてもいいと考えるのはよくな いと訴えた。キャンペーンの効果があったのかどうか、「棒の手紙」はその後、急速に減少し、消滅に至ったらしい。
 もっとも、消滅の原因は
誤字の増殖にあるとも考えられる。「よくない白が続きます」では脅し文句になっていないし、文面の指示に従おうにも、「予書、ヒピーも可」では何のことだか分からない(笑)。あまりに変な内容になってしまうと、増殖力を失ってしまうのではないか。

 で、まあ面白いネタだから、ついでに小説にしちまえ……というわけで書いたのが、「悪意の連鎖」(『妖魔夜行/しかばね綺談』に収録)。「棒」の到来を恐れる人々の心理が、妖怪「棒」を生み出してしまうという話である。
 だから小説の中で大樹がやっている分析は、ほとんどすべて僕の実体験に基づいているのである。

 棒の手紙を題材にした作品。
 久米田康治『かってに改蔵』(小学館)2巻第9話「さびしがりやのあいつは…!?」。
 改蔵が地丹に「棒の手紙」を回したために、地丹の家に「棒」がやって来る。やがて地丹と「棒」の間に奇妙な友情が芽生え……という、ちょっと感動的なお話。『改蔵』のくせに(^^;)。
 しかし、地丹もまだこの頃はまともなところのあるキャラだったなあ……。